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半田晴久(深見東州)の「まほろばトーク」月間日本 2015年1月号 :ワールドメイト ちょっと幸せな話

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月間日本(2015年1月号)連載 半田晴久(深見東州)の「まほろばトーク」のタイトルは、「東京大薪能の魅力 続」です。

この号では、深見東州先生の能楽、日本文化、日本人の美意識についての考察が述べられており、非常に興味深い内容になっています。

・能楽とは、老荘思想をベースに、仏教、儒教、神道、小説、和歌、歴史物語、名所旧跡、故事来歴や説話など、あらゆる要素が加わった、総合演劇であり、最小限度の動きで、最大限の内面を表現する、最も精神性の高い舞台芸術。

・日本人の美意識は、室町時代の足利義政の好みにある。そして、日本文化とは、室町時代に確立した能楽や、茶道、華道、陶芸、建築、造園、お家流書道や絵画に由来する。

・足利義満が世阿弥を庇護し、京都で能楽を盛んにしたお蔭で、貴族文化と武家文化の融合としての、能楽が生まれた。

月間日本 2015年1月号「まほろばトーク」の内容は次のとおりです。

前回からの続きです。家元の解説に補足して、私が解説しました。「京劇は出演者が全員派手で、主役が誰だか解らなくなり、中心が目立ちません。能は、その逆です。優れた絵画と同じで、主題やテーマがあり、それを浮き立たせるために、それ以外を極力省くのです。省略が上手なのが、いい絵描きだとも言えます。モネやマチス、ピカソやミロなど、晩年になる程、描き過ぎない努力をしています。それと同じです。

また、能は茶道のように、老荘思想が表現のベースにあります。たとえば、世阿弥の言葉「秘すれば花なり」も、老子の「隠そうとすれば現れる」から来ています。室町時代に確立した、日本的美意識の「渋み」、「さび」、「わび」も、大半は老荘思想がベースなのです。

前述した、茶道もそうです。岡倉天心の代表作『茶の本(The Book of Tea)』では、「茶道とは道家思想が身をやつしたものである」と、結論づけています。岡倉天心の著作は、全て英文で書かれてるので、これを読んだ欧米人も多いはずです。そして、能楽とは、このベースの上に、仏教、儒教、神道、小説、和歌、歴史物語、名所旧跡、故事来歴や説話など、あらゆる要素が加わった、総合演劇なのです」と説明しました。

また、「最小限度の動きで、最大限の内面を表現する、最も精神性の高い舞台芸術である」とも、解説しました。これも、実は老荘思想に基づくものです。老子の言葉に、「損
して損して無為となす。無為にして為さざるはなし」とあります。それは、省略を極限まで極め、さらにシテが、作為をなくすまで芸修練をすれば、おのずから演ずる無為になります。そうなれば、表現できないものはないという、能表現の本質を表す言葉なのです。
このように、室町期の芸術は、老荘思想、道教の影響を強く受けてるのです。これが、足利義政が好んだ、銀閣寺のいぶし銀の魅力や、美意識につながるのです。室町期の芸術には、禅、儒教、神道、仏教などの影響も見られますが、その根底には、老荘思想があるのです。それを、舞台芸術で表現したものは、世界中で能楽以外に見当たりません。

鈴木大拙は、「日本的霊性」とは、鎌倉時代の宗教にあると言いました。しかし、日本的美意識のルーツは、室町時代の足利義政の好みにあるのです。万葉時代の「まこと」。平安時代の「もののあわれ」、「をかし」。鎌倉から室町にかけての、「幽玄の美」もあります。しかし、今日まで続く日本人の美意識は、室町時代の義政の好みになるのです。そして、日本文化とは、この時代に確立した能楽や、茶道、華道、陶芸、建築、造園、お家流書道や絵画に由来します。

また、一遍上人の時宗も、阿弥(あみ)と名乗る室町期の芸術家に、大きな影響を与えています。また、今日の禅宗は、臨済宗は全て江戸期の白隠禅師の法系です。しかし、白隠は、常に室町時代の臨済宗の正統、妙心寺の無相国師(関山慧玄)、大徳寺の大燈国師(宗峰妙超)、建長寺で学んだ大応国師(南浦紹明)の、原点に帰れと言い続けたのです。つまり、今日の臨済宗も、室町期の正統がルーツなのです。

また、今日残っている京都の寺は、ほとんどが室町期のものです。応仁の乱で灰燼に帰した寺を、再建したものが現存してるのです。なぜ、室町時代に、日本的美意識や日本文化のルーツがあるのか。考えると面白いです。鎌倉幕府と江戸幕府は、中心が関東にありました。室町幕府だけが、中心が京都にあったのです。つまり、京都だからこそ、武家社会と貴族社会が融合できたのです。ここが、まず面白い所です。

また、公家は雅楽や文芸、武士は武芸というのが、鎌倉時代からの伝統でした。しかし、足利義満が世阿弥を庇護し、京都で能楽を盛んにしたお蔭で、貴族文化と武家文化の融合としての、能楽が生まれたのです。その他の文化も、貴族文化と武家文化の融合として、独自な日本文化を生んだのです。

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