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半田晴久(深見東州)の「まほろばトーク」月間日本 2014年4月号 :ワールドメイト ちょっと幸せな話 

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少し古くなりますが、月間日本(2014年4月号)に連載されている
半田晴久(深見東州)の「まほろばトーク」のタイトル「共業(ぐうごう)」より。

私は、「劫」と「業」について、意識して使い分けていなかったのですが、次のような明確な違いがあることを知りました!
(「劫」は先天的な災いの根源です。「業」は、人間的、社会的、後天的な災いの根源です。先天の劫が、後天の業に化し、後天の業が災禍厄難になるのです。また、人間の作る後天の業が、先天の劫を生むのです。両者は不即不離であり、これが先天と後天の関係なのです。)

また、共業(ぐうごう)とは、
社会全体、時代全体が作った業を、仏教では「共業」と言います。そして、大きな災害とは、共業が潔斎さみそわざれる棋ぎであり、社会の浄めの業なのです。そこで、犠牲になった人々は、その共業に巻き込まれたわけです。

例えば、第二次世界大戦で多くの人が死んだのも、それまでの社会の「共業」に、人々が巻き込まれたのです。

しかし、「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いが不幸をもたらす」、つまり因果応報という法則があります。

易経には、「積善の家には必ず余慶有り。積不善の家には必ず余殃有り」とあります。善を積み重ねた家では、その思恵が子孫にまで及び、不善を積み重ねた家には、その災いが子孫にまで及ぶとい、意味です。

「共業」の潔斎によって、大災害が起こり、多くの人が巻き込まれて犠牲になります。しかし、運よく助かる人がいるのは、善行を積んだ徳高き家の子孫や、天運に恵まれた人だからです。

それでも、根本は社会が生んだ共業なので、被災者を救うのは、社会や為政者の責任なのです。


そして、いまの政治を立て直すには、
つまり、為政者が天地の法則や、神の御心に則った政治をしなければ、世は乱れ、天地自然も乱れるのです。だから、天災も人災も人災なのです。わが国では、天皇が自らの徳を養い、国民の安寧と五穀豊穣のために、祈りを捧げてこられた。古代中国の、聖人さながらです。だから、首相や時の為政者が、少々徳が至らなくても、国家の基盤はゆるがなかったのです。

また明治の頃は、天皇と為政者が心一つになって、日本国の弥栄と近代化に励みました。だから、戦があっても、神のご守護があり、無敵だったのです。ところが、いまの政治は、敗戦後の反省が左に偏り、その反省で今度は右に偏り、正中から外れているのです。

いまの政治を立て直すには、天の心、天地の法則、神の御心、歴代の天皇の大御心にしたがう、正中の誠を貫く覚悟が必要です。それには、修養の学問に裏づけられた、幅広くて奥深い教養の厚みが必要なのです。


201404_1まほろばトーク

201404_2まほろばトーク
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